除葉

La Crescent
糖酸がハイレベルでバランスするLa Crescent

 収穫に備えて、果実回りの枝葉を除去している。

 苗木生産用に穂木を採取する圃場なので、母樹の仕立て方は果実を実らせる仕様になっていない。しかし、生ってしまったものは有効に活用して頂こう。9月30日の日の出は、5時30分過ぎ。6時前にハウスに到着すると辺りはすっかり夜が明けていた。徐葉を急ピッチで進める。

 果実を成熟させるには、8月上旬には葉欠き作業を行うのがよろしいかと思うが、弊所の場合は穂木採取メインなので葉はつけたまま。今週末の収穫をしやすくするために、葉を落とす。そして、少しでも多く太陽の光に実をあてて酸落ちを促す。

 朝日に照らされたLa Crescentの果房は、琥珀色に輝きまるで宝石のようだ。芳醇な南国果実を思わせる。

野鳥によるブドウの食害

メジロ
ブドウの果実を狙うメジロ(写真中央下)
2025年9月19日、午前7:30頃撮影

 朝晩がめっきりと冷え込むようになってきた。今年の残暑はさほど厳しくなく、明日から彼岸ということで、夏もついにとうとう終わりを告げたことを気温の変化から知る。

 糖度が20°を超えてきたら、自邸の試験区にメジロさんがやってきた。2023年に道内のブドウ畑での野鳥による食害が大きく報じられるまでは、その被害を耳にすることはほとんどなかった。防鳥ネット掛けはこれから必須の作業となっていくのだろう。

 家の窓越しに見えるブドウの垣根は、バードウォッチングにはとても優れたシステム(枝にとまり実をついばむ鳥たちを間近に観察できる)だが、果実の生産者にとっては頭の痛い問題でもある。しかし、鳥に罪はない。

 そこに樹を植えたのは人間である。鳥にしてみれば、いつもの飛来コースで立ち寄った民家の庭先。たまたま餌がそこにあった。生きるために食べている。ただそれだけのことである。願わくば、アオムシ・イモムシが葉の上を這っているときに来てほしいのだが。あとコガネムシ成虫も召し上がっていただけると大変助かるのだよ、鳥さんたち。

Itasca

Itasca
Itascaの果実

 Itasca(アイタスカ)は、ベと病、うどんこ病に強い耐性がある耐寒性ワインブドウである。フィロキセラに関しては、葉の症状(虫こぶ状)にも耐性があることから、ある意味最強と言える。ハイブリッド種なので接ぎ木ではなく、自根苗で栽培可能。

 フィロキセラの症状としては、ヨーロッパ品種(Vitis vinifera)は、根をかじられて衰弱し、アメリカ系ブドウ(Vitis labrusca)は、葉が無数のこぶ状に膨れ上がることで知られている。Itascaは、地上部の葉、地下部の根も耐性があると理解しており、安心して育てられる。

 2025年9月7日、半日が日陰になってしまう栽培試験区(札幌市厚別区)に植えられているItascaの果実糖度・酸度を測定した。

糖度・酸度測定

 9月7日時点での測定値という前置きをした上で、Brix 19.5°、酸は20g/リットルと高めだが1日を通して太陽の陽が当たるまともな圃場であれば、もっと良い数値をたたき出しているだろう。この試験地は、昼の12時を過ぎると林の日陰となり西日がまったく当たらない場所である。湿度も高く、ブドウ栽培には適さない場所であるにも関わらず有機JAS認定のボルドー水和剤を一度散布しただけで、カビ系の病気には葉も果実もり患せずに、べレーゾン期に突入している。ただし、今年は7月の中旬くらいまでは、降雨がほとんどなかった。

 べと病は、気温が11度を超えてくると、雨などで拡散した病原体が葉の気孔から侵入し増殖(無性生殖)するとされる。黒とう病同様、展葉初期での防除が重要と考えるが、Itascaはベと病に耐性があることから、その心配は極めて少ない。一方、湿潤な環境では、黒とう病に罹りやすい性質があるのだが、どういうわけかこの試験地では大した被害もなく9月を迎えたのである。

Itasca
今年の防除回数は2回のみ。殺菌剤のボルドー剤を1回、コガネムシ対策に殺虫剤を1回散布したのみ。

蒸し上がる北の大地

PSV園主の勝手に洞察考察

La Cresecntの葉
お盆の頃になっても、べと病や黒とう病被害が皆無に等しい耐病性品種※

※写真手前がLa Cresecnt、奥がItascaの葉が生い茂っている。(札幌市内の実験圃で8/12に撮影)殺菌剤は、Itascaのみ7月下旬にボルドー剤を軽く散布。コガネムシ対策(葉の食害)で、殺虫剤を1回だけ散布している。

 2025年7月中旬頃まで、極めて雨の少ないシーズンを迎えていた(道央の石狩管内)。晴天日も多く気温の高い日が続いたため、イチゴ苗の育苗ハウスでは例年よりも多く寒冷紗を掛けたりはがりしたりするなどして、過剰なランナー先焼けを防いでいたほどである。

 一方、ブドウの苗木ハウスは天面が高くベンチレーション(換気設備)も備わっているため、いちご苗のハウス内ほど高温には従来ならなかった。しかし、今夏はさすがに暑い、暑すぎる。天井が高い構造もこの時とばかりは不利に働き、外側に寒冷紗を掛けることが作業的には現実的ではない。また予算の関係で内部に日よけの設備も設けななかったので、今年は灼熱の太陽が照り付ける日中の気温は、40℃を超えた。日陰になっている株元でさえ30℃前後という有様である。(ハウス内部は、簡易的にエスター線を張り巡らして、その上に寒冷紗をかけられる状態にはなっているが、母樹はエスター線よりも高い位置まで枝葉が伸びてしまう)

ハウスブドウの株元

 そんな過酷な状況でも、多少の葉焼けがある程度でブドウの樹は元気に育っている。今年は、La Crescentの果房がとてもきれいに実をつけており見ごたえのある姿に感嘆する。しかしながら、実を採るための樹ではないので、あくまで酸と糖度のバランスを観たり果房のカタチを記録するのに留める程度である。

La Cresecnt果房
La Cresecntの果房(ハウス内部)

 さて、7月下旬以降は暑さそのままにまとまった雨が降るようになり、さらに南から暖かく湿った空気が入り込んで蒸し暑さがいっきに高まってきた。蒸し上がる北の大地。それでも、屋外実験圃の耐病性(耐寒性)品種たちは、特に異変を感じさせることなく成長中である。Itascaが黒とう病に弱い反面、べと病に耐性があるとされる一方で、La Crescentはべと病に葉が侵されやすいと言われている。しかしである、黒とう病はおろか今のところ(8/15現在)「べと」にすら被害に遭っていないのである。しかも、殺菌剤が一度もかかっていないにも関わらず。

La Crescentの葉(7/22)
La Crescentの葉(7/22撮影)

この事実から導きだされる鉄則は、

その1:湿度の高い場所は避ける
(Avoid High Humid Location)
しかし、この実験圃がある付近は沢が近くにある窪んだ低地帯でもあり、比較的湿度が高いはずである。それでも葉がキレイな状態を保っていられるというのは、住宅街で回りに畑(農地)がない、すなわち病原体数が極めて少ないので病気に罹りにくいという推測である。風が強いので、風通しが良いことも貢献しているのかもしれない(キャノピーのサーキュレーション効果)。

 また自然緑地の他、家庭菜園、花・樹木など多種多様な植物が植わり特定の作物だけが育てられている農地とは異なり、多種多様の病害虫が共生していて特定の虫、病原体の個体数が突出することなく均衡を保っているということが言えるのではないだろうか。モノ(単一)・カルチャーに対するパーマカルチャーの原理が成り立っているのかどうかは分からない。

その2:適切な防除の実施
(Execuete Spray Programs)
7月に入っても黒とう病(Anthracnose)の症状が出なかったため、殺菌剤は一度も散布していなかった。7月中旬、Itascaのみ葉に黒い点が出だしたため、有機JAS認定のボルドー剤を1回散布。
これら耐病性品種であっても、通常は6月上旬と中下旬にそれぞれ殺菌剤の散布を実施することで、黒とう病に関しては大方その被害発生を初期のシーズン段階で抑えることができる。

黒とう病の初期症状(黒い点)
黒とう病の初期症状(黒い点)7/22撮影

その3:抵抗性品種を植える(べとにもある程度の抵抗性がある)
(Plant Disease Resistant Grapes!)

 雨霧に包まれやすい場所というのは、カビ(mildew)にとってはパラダイスであり、ブドウを植える場所としては避けなければならない。Downy mildewは、べと病。Powdery mildewはうどんこ病という具合に末尾にカビを意味するmildewが付く。一方、Anthracnose(黒とう病)も真菌性の病気ではあるが、真菌の一種を意味する「~mildew」とは表記されない。なぜか?

 

 さて、湿度の高い条件下であっても病原体数が少ない場所では、La Cresecntも「べと病」に対して、抵抗性すなわち耐病性がないと言い切れるのか?つまり土壌微生物や菌類が程よいバランスで生息している圃場の環境下においては、La Cresentはベと病に対して抵抗性を有するということを立証したい。

Minnesota Hardy Grapes

 この度、苗木ブランド名および育苗施設名称「Plant Space Vineyard」を展開する(株)北全は、米国ミネソタ大学(University of Minnesota)が育種・開発した以下の耐寒性・耐病性ワイン用ブドウ品種の苗木を、日本国内で生産(育苗)・販売するために、同大学と商業ライセンス契約を締結し、正規認定事業者となりました(2025年4月13日)

 Marquette(マルケット:赤ワイン用)、La Crescent(ラ・クレセント:白ワイン用)、Itasca(アイタスカ:白ワイン用)の苗木ご予約承り、販売を開始いたします(2026年7月以降、ご予約順に納品予定)。

Photo credits
CFANS/University of Minnesota

 いずれも最低気温が氷点下30℃前後に下がった場合でも、芽が枯死することなく越冬する。したがって、北海道内の全てのエリアで栽培が可能であるが、醸造に適した果実糖度を得るためには、有効積算温度1,150℃以上の地域が栽培適地とされる。調査の結果、1,300℃以上1,400℃台の地域が主要な産地と想定されるため、それよりも温度が低い地域では、試しに植えてみて、ある程度の生育具合を見てから本格的に定植することをおすすめする。3品種それぞれに耐寒性・耐病性について異なる特性があるが、既存のVitis Viniferaと比較した場合、圧倒的な寒さに対する強さ、病害虫(べと病やフィロキセラなど)への抵抗性があることから防除回数の低減に寄与する品種群である。

詳しい品種解説はこちら。Marquette / La Crescent / Itasca

道内は2000年以降、温暖化の傾向が顕著であり、ヨーロッパ品種が育つ環境に変わりつつある。しかしながら、余市町・仁木町など後志地方の一部や空知地方など、降雪が多く有効積算温度の比較的高い地域を除いて、昼夜寒暖差が激しく厳冬期は凍害の恐れが高い内陸部では、まだまだVitis Viniferaというヨーロッパ品種がうまく育たない地域が多数存在する。また、温暖化が進む一方で、近年は分裂した極渦の南下が寒波をもたらし、急激な気温の低下を引き起こす異常気象の可能性も否めない。雪の布団がブドウ樹を守っている積雪地域であっても、今後は凍害に遭うリスクはゼロにはならないわけで、リスク分散のためにもこれら耐寒性品種を植栽することは寒冷地域におけるワイナリーの経営安定、今後必要な対策と思われる。
 参考事例として、カナダ・ブリティッシュコロンビア州の「オカナガンの悲劇」について、後日詳細を執筆予定。

さて、ツヴァイゲルトレーベ、ドルンフェルダー、ピノ・ノワールやメルローが思ったように育たない地域の生産者の方には、Marquette。

 ソーヴィニヨン・ブランやピノ・ブランなど柑橘系の白ワイン。リースリングやゲヴェルツ・トラミネールなどのアロマティックな白ワインを造りたいけれど、凍害や積算温度の関係で、やはり思ったようにワインが造れない・・・といった課題を抱える生産者の方には、La CrescentやItascaをおすすめする。昨今人気のオレンジワイン、ペティアン・ナチュールなど旨味系自然派ワイン醸造にも適した品種と考えられる。

[北海道における越冬・耐寒性・栽培適地]
 2019年より上記3品種の調査、育苗および試験栽培(大学との栽培試験契約)を順次開始し、その有用性や耐寒性・耐病性などを評価しながら、とくに北海道の寒冷地における適応性を調査して参りました。氷点下20℃前後の寒さでは、たとえ芽が空中にむき出しの状態で寒風に(さら)されたとしても凍害の影響はなく、翌春の芽の生存率は100%を実証試験で確認。生育温度帯としては、山葡萄・ヤマブドウ系交雑種とVitis. viniferaの中間に該当する位置づけであり、いままで空白になっていたカテゴリー。

 例えばMarquetteは、Seibel13053など従来のフレンチ・ハイブリッドと比較した場合、圧倒的に酒質・耐寒性の点で優れており、純粋なヴィニフェラ種と比べてもワインのクオリティは互角かそれ以上。La Cresecntは、アロマティックなワイン醸造に適した品種でありながら和食とのペアリングも良い。道内では馴染みのあるナイヤガラやデラウェアなどラブルスカ種の生食用ブドウから作られたワインとは全く異なるクオリティが持ち味である。冷涼湿潤気候(ケッペンの気候区分:Dfa)に該当する先進地域における栽培事例(ワインの種類も含む)やデータを参考に、最終的には市場性(Markettability)が最重要だが、育てて良し・飲んで良し・売れて良しの三方良しを条件として、この3品種を優先的に選び抜き生産者の方々へ普及していきたい。

ブドウのべレーゾン
圃場でのMarquette栽培試験(2023年8月25日)

 冬場は氷点下20℃~30℃に下がり夏場の有効積算温度が1300℃以上になる地域が、本来これらの品種が持つ能力がもっとも発揮されるエリアなのだが、その条件にすべてが合致しない地域※でも、可能性に挑戦して欲しい。

※ハーディネスゾーン:Z4~Z8の地域での栽培を推奨

[経済性・社会性]
 これら3品種や北米ハイブリッドはV.ヴィ二フェラに比べて耐寒性だけでなく耐病性にも優れており、低農薬(特に殺菌剤)での栽培が可能である。凍害リスクも限りなく少なくなるため、補植などの植え替えコストは当然ながら抑えられる。持続可能性(サステナブル)、再生可能な農業(Re-generative Farming)、低介入農業(Low intervention)を実践する現代のそしてこれから新たにブドウ栽培に携わる農業者にとって、理想的な栽培品種と考えられる。

 弊社の耐寒性ブドウ品種普及プロジェクトは、市場性があり自然環境に与える影響(負荷)を可能な限り少なくして栽培できる寒冷地向けの品種群を今後さらに拡充し、現状の5品種に加え、ワイン・生食用含め寒冷地に適したハイブリッド系の北米品種を2028年までに最大20品種へと拡大する方向で調整している。

 当面の間、寒冷地のブドウ生産者を対象とした商品特性のため、また苗木生産能力の関係上、北海道内のブドウ栽培生産者(ワイナリー)を対象に、2026年6月下旬~8月上旬よりポット苗(potted vine)にて納品開始予定。価格は、1本1,430円(ロイヤリティ・消費税込み)~。ご購入に際しUMN品種栽培許諾契約書にご同意のサインを頂きます。※

※ライセンス契約に伴う、自家増殖・転売・譲渡の禁止など。

ヤシ殻培地のポット苗木

 各品種に関するご質問、苗木のご購入に関するお問い合わせは、こちらのフォームよりご連絡ください。

初夏の目覚め

ブドウ葉のいっぴつ現象
溢泌現象(いっぴつげんしょう)

 朝5時半、ハウス内の圃場を見回っていると溢泌現象(写真)に出会った。根から吸い上げられた水が正常に蒸散していれば、早朝に見られる初夏の風物詩だ。挿し木した苗木床に、今日は午前中の手潅水(散水)を、いつもの時間帯(8時過ぎ)にできないので、早朝にやって来た。周りは工業団地だから、むしろ朝の早い時間帯の方が静かで空気もひんやりしていて清々しく、じっくりと落ち着いて観察するにはもってこいである。

 昨シーズンは、土壌表面が乾いているからといって潅水頻度と潅水量がともに多すぎたみたいで、新梢の節間が徒長してしまった。今年は、焼けない程度に水やりをしぼり、節間の短い引き締まった穂木を採取したいと考えている。水を極限まで与えないスパルタ栽培方式となるため、この溢泌現象がとても重要なバロメーターになってくるのだ。水が足りていればこうして葉の先端から水の玉がしたたり落ちてくる。植物の管理には、足をまめに運んで観察し手入れを怠らず日々向き合うことが大切だ。ただし自分の世話できる範囲を超えないで。規模や量は追わずに品質を極める。

出芽の季節~ Budbreak season has arrived.

buds of grape
a: Primary bud, b: Secondary bud, and c: Tertiary bud.

 生育が旺盛な樹は、主芽(Primary bud)だけでなく副芽(Secondary bud)さらに第三の芽(Tertiary)まで芽吹いてしまう。主芽が遅霜などの被害に遭った場合のバックアップ用で、実用に値する(ある程度の果実生産力)のは2番芽まで(品種による)。

 当所で普及していゆくハイブリッド種は、リパリアの遺伝子が入っている関係で、日本固有の山ぶどうよりは遅いけれど、欧州種よりは芽吹きが早いから遅霜の遭遇リスクがある。しかしながら、プランB(2番芽の副芽)があれば、まったく収穫できないというクリティカル(致命的)な状況は回避できるのである。

 遅霜のリスクが無くなれば、主芽に栄養を集中させるため副芽が出だ段階で摘み取る必要のある品種もある。(副梢になるまで待つべきだろうか?)

 たとえ第一案がダメでも第二案、そして第三案まで備え、何としてでも生き抜こうとするしたたかさ、その生命力は凄まじい。

穂木煮込み

 5月10日、昨日は苗木家としての役割に丸一日没頭した。厳寒期に剪定した枝を、基準の長さに切り揃え冷暗所に保管していた。その穂木たちをお湯に漬ける作業である。接ぎ木・挿し木工程の前処理として、殺菌剤にドブ漬けしてお仕舞い!としていた時期もあったが、現在私のところでは一定の殺虫・殺菌効果が認められている温湯消毒を採用している。お湯の設定温度と浸漬時間の関係で、フィロキセラ(ブドウ根アブラムシ)や根頭癌腫病などを防除できる他、私の評価では、カビ系にも効果がある。べと病やうどんこ病耐性のある品種を主に育成しているが、黒とう病だけはなんらかの手立てが必要。ただその黒とう病※も雨季にり患しない限り、前季からのキャリーオーバー(ここでは病原体が持ち越される意)は極めて少なく、葉や茎に病害は検出されていない。

※黒とう病は、展葉期にしかるべき薬剤で防除を行えば病害のコントロールは比較的容易な部類に入る。ブドウ畑が湿度の高い条件にある場合、黒とう病のり患リスクは高いので、症状が出る前に、しっかりと防除を行えば栽培期間中は割りと安泰である。

 当園は、基本的にハウス内で特設の植栽マスに清潔な培土を入れて母樹を育てているため、露地栽培と異なりフィロキセラや根頭癌腫病に侵されることはほぼない。ではなぜゆえに、わざわざお湯に漬けこむかというと、殺菌剤の節約になるからである。お湯による洗浄と菌糸などを死滅させることができれば、以降で使用する殺菌・殺虫剤の散布回数にも余裕ができる。

冷水で粗熱をとる

 温湯消毒、すべての病害虫リスクを取り去るわけではないので、消毒というより減菌と表現した方がよろしいが、お湯から上げた穂木は冷水でしめてから吸水処理工程へと進む。当然ながら、使用する各容器は前もって消毒済である。ハウス内で剪定収集した穂木は、すべて処理が完了し、育苗シーズンが今年も始まる。

開花と芽吹きの季節

会社の入り口のシンボルツリー?ボケの樹

 「ボケ」というのは、和の雰囲気を醸し出しているんだけど、オリエンタルなパンチ力というか、コントラスト強目の赤色花が鮮烈な印象を与える花木である。盆栽にも用いられるようだが、私のところでは地植えにしている。以前も書いたような気がするけれど、花言葉は、「先駆者」「早熟」以外に「平凡」という意味もあるようだ。丈夫で多くの家庭の垣根に使われてきたことによるという説。GoogleのAIがそのように教えてくれた。枝から鋭いトゲが突き出しており、ある意味バラ線や鉄条網といった機能性もありそうだ。

 確かに丈夫だ。大して栄養もなさそうな砂利交じりの固い土壌でもよく育つ。一応、日当たりと風通しは良い。風通しが良いどころか、かなりの強風が吹きぬける場所なのだけれども、固い枝はよくしなるので、折れる心配もない。中枝が混んできたので、開花前にバッサリと剪定をしたから幾分見栄えがよくなった。

 たとえ平凡な人生でも、健康な日々を過ごすことができればそれ以上の幸せはない。世の中のいかなる仕事も、細切れに刻んでいけば、ひとつひとつは地味で小さいステップの積み上げによって出来上がっている。毎日その小さな仕事を始める以上、帰る前には片付けや掃除がある。下準備と整理・整頓・清掃はワンセット。

 穂木を採るための母樹として育てているハウスの中のブドウ樹たちは、繊維質な表皮、真綿ような繭を破ったかと思うと、濃緑色の葉を勢いよく広げていた。

2025年 春

背負い式防除機
いつもの作業台から

 血気盛んな若いころは、ルーティンワークなんて刺激の足りない退屈な仕事!そんな面白みのかけらも感じられない反復的なことなんて、ちっともやりたくない!なんて思っていた。もっと創造的でクリエイティブ、毎日ワクワクしながら仕事がしたいんだよと。一方で、ワーカホリックというか、いわゆる仕事人間にはなりたくないとも思っていた。しかし、48歳を目前にして、いや待てよ季節的なルーティンも悪くないな・・と思えてきた。おぃ!どうしたんだ俺!(自己分析ではあるが、私はどうやらHSS型HSPという性分で、傷つきやすいのに、刺激を求めてしまうという人たちに分類されるようである。参考図書;Thrill : The High Sensation Seeking Highly Sensitive Person 邦訳は「傷つきやすいのに刺激を求める人たち」。 セルフケアとして役立ったのは、「The Artist’s Way」。邦訳邦題は「ずっとやりたかったことを、やりなさい」。HSS型HSPを理解するために大変参考になるのが前者であり、ヨガや瞑想、ウォーキングなどのフィジカルなケアワークと合わせて、後者のThe Artist’s Wayはネガティヴな思考の癖など含め、いままで長年にわたり囚われてきた何かから自分を解放させることに役立っている。良書である。)

 さて4月24日、ようやく休眠期の防除※を屋内・屋外ともに実施することになった。本来であれば、もう少し早い時期に行うのがよいのだけど、アレやコレやと他の業務に追われていると時間はいつの間にか過ぎていた。
※今回は殺菌剤(FRACコード1、有効成分べノミル。商品名で言うとベンレート)の散布のみ。当所では、主に黒とう病対策に実施している。また、いわゆるカミキリムシ系に効く樹皮内部に浸透していく殺虫剤は単体で施用しなければならいので別の日に散布を行う。

 1月31日から始めた剪定は、諸々の事情により途中で作業が中断したこともあって、なんと4月11日までかかってしまった。今年は春剪定に一時的に移行したということにしておこう。
 しかし、この背負い式防除機(タンク容量15リットルの電動スプレイヤー)を背負ってスプレーしていると、あぁ今年もいよいよシーズンが始まったんだなと季節がまためぐってきたことを実感する。今年も無事に春を迎えることができた、ある種の喜びを感じているのだろうか。

 農作業というものは、1年を通じて毎年同じ工程を繰り返す。その年の天候、樹勢、栽培の方針転換等により多少のアレンジをするのだけれど、基本はルーティンというか変えない部分が多くを占める。世話をする相手方も毎年この時期に樹液が上がり、芽が膨らみ、葉が開き、花が咲いたら実が成る。秋になれば果実は熟し、葉が紅葉して落葉すると冬を迎える。シンプルに毎年、この繰り返しである。そして栽培の結果は、毎年微妙に異なる。面白いねぇ。

もう芽が膨らんでいる

 今年も、いつものように芽が膨らんできた。そして、樹が生きて冬を越したことに安心するのである。剪定したときに、断面が鮮やかな緑色をしているので、その時点で樹自体は枯死していないことは確認できるのだが。