湿潤な寒冷地に適した仕立て方法とは・・・
北海道では、V. viniferaを植える場合、凍害対策として苗木を斜め45度に植えてシングルまたはダブルコルドンに仕立てる方法が採用され冬期は雪の下に枝を伏せて越冬する。その姿は、まるでブドウの樹がお行儀よく一方向にお辞儀しているかのように見えるのである。後志や空知など道内でも雪の多い地域では、雪の布団に守られて冬芽が枯死せずに翌年芽吹く一方で、春先の雪解けとともに重量を増した積雪が、樹幹を押し曲げて亀裂を生じさせる被害も少なくない。これが、最近ワインブドウ生産者を悩ましている根頭癌腫病に罹患する物理的な原因のひとつとなっているようだ。(生じた裂傷や活着不足の接ぎ木部から病原体であるバクテリア細菌が侵入する)
さて、P.S.V.(Plant Space Vineyard)では過去5年間に渡り、ユーラシア大陸及び北米大陸の寒冷な地域から北海道の気候により近似した場所で育てられている品種に照準を当て、インターネット上で得られる情報や海外書籍などありとあらゆるコンテンツにアクセスしてきた。文献調査から始まり欧米育種機関への問い合わせ・日本国内での普及(苗木生産)を目指す旨を伝えた上で、育成者権利の商業利用申請やそれにまつわる栽培試験の許諾など、数十通におよぶ電子メールのやり取りを交わしながら、可能性のある品種は何のか、この地球上のどこかにないものか?とひたすら探し求めてきた。(当然ながら例え寒さに強くても、ワインが不味いものは除外)
その過程で、積雪・非積雪地問わず栽培可能と思われる品種群に巡り合ったのである。しかも、省力化可能な仕立て方と新たな品種との組み合わせにより、今後一層重要度を増してくるであろう、ブドウ畑におけるサステナビリティ(環境面)を高めてくれる可能性にも溢れて(あふれて)いることが徐々に明らかになってきた。
現在日本国内における、ワイン用ブドウの品種選択肢はヨーロッパ品種(V. vinifera)の接ぎ木苗が大部分を占めており、比較的寒さに強いといわれているオーストリアやドイツのヴィ二フェラ交配種でも、真の意味で北海道などの寒冷地で最大のパフォーマンスが発揮できているとは言い難い。欧州北部・カナダ・アメリカ北東部や中西部では、ワイン醸造に特化した耐寒性・耐病性のハイブリッド(V. hybrid)種が入手しやすい環境下のもと、栽培事例が多くみられる。かたや日本では、ラブルスカ種の生食用ブドウやSeibelなどごく一部のフレンチハイブリッドがわずかに(品種の数として)導入されているにすぎない。(2023年現在)。また、ハイブリッド種の特性やそれらから造られるワインの評価については、詳しい情報もないばかりか誤った解釈のもとに紹介されているのが現状だ。
たとえば、いくらマイナス20℃以下の寒さに耐えられるものでも、いわゆる晩熟で有効積算温度が1400℃~1600℃以上必要な品種を(育種の元として用いる場合を除き)北海道の非積雪・極寒地域に植えたとしても、気候変動で温暖化しているとはいえども醸造に適した果実の熟度(糖度)は得られないのである。
今回紹介するのは、寒冷地でのワインブドウ栽培に最も適した仕立て方法のひとつ、ハイワイヤー・コルドン(図1. High-wire Cordon, Growing Grapes in Minnesota “A Best Practices Manual For Cold Climate Viticulture” 資料を参考に描画)である。和訳するとしたら「高架線仕立て」とか「高設栽培垣根仕立て」といった表現になるだろうか。まぁ、無理に訳さなくてもよい気もするが・・・。苗木は地面に対して垂直に植え、1年目は樹幹形成に専念して※2年目に片方のコルドンを作る。3年目にもう一方へ新梢を伸ばしながらT字に水平コルドンを完成させるのだが、肥沃な土壌で樹勢が強い場合は、2年目で水平コルドンを型作り3年目から果実を収穫することも可能と言われている。ちなみに、樹幹は根本から2本に分岐してもよい。
※定植1年目は、樹幹づくりもさることながら地下部の根をしっかりと土壌中に張らせるための期間でもある。
では、このハイワイヤー・コルドンのメリットは大きく以下5つ。
1.少資材(ワイヤーは上下シングルの2本のみ)
2.果実が上段のワイヤー付近に成るため、太陽光によく当たる
3.コルドンが1.5~1.8mの高さに位置するため霜被害が低減できる
4.耐病性も備えた品種であれば、農薬使用量を50%以上削減できる
5.枝伏せ不要なことから積雪による樹幹の損傷を低減
などが挙げられる。特にメリットの5番目については、冒頭で述べた根頭癌腫病のひとつの要因とされている物理的損傷から樹幹を守ることができる。
上記メリットの一部を少し解説したいと思う。
1.少資材
2本張りのワイヤーのうち、上段はコルドンを支え、下段のワイヤーは樹幹を支える。例えば、V.S.P.(Vertical Shoot Positioning)のワイヤー4段張りの場合、新梢を支えるワイヤーは下から2段~4段目は複線張りとすると計6本張らなくてはならない。ハイワイヤーコルドンは、2本張りだから単純に亜鉛メッキの針金は3分の1~半分の量で済むわけだ。そういう意味では、非常に省資源で構築できるトレリスシステムである。
2.果実の熟成に有利
一番の上のワイヤーに沿わせたコルドンから新梢を垂れ下げるように栽培するため、花穂が上に、葉は下方へ生い茂る(V.S.P.と天地が逆になる)。これにより果実は葉の陰になりにくいので、より多くの太陽光を浴びることが可能だ。有効積算温度の不足に悩む高緯度寒冷地のブドウ栽培家にとっては、うってつけの仕立て方法ではないか。ただ、鳥類に果実を食べられやすいという弱点もあるため、収穫直前まで防鳥ネットをかけているところもある。
3.目線の高さにブドウが実る
地面から150cm~170cmの位置に果実が実るため、土壌からの雨跳ね返りや湿気の影響を受けにくいから、カビ等に起因する病気に感染するリスクも減るのだけれど、享受できるメリットは他にもある。「気象台の気温観測装置は地面から1.5mの高さにあり、その観測値が例えばプラスの1℃であっても冷気が溜まる地表付近ではマイナス気温となることも・・・」という記事を、日本農業新聞で気象予報士の方が解説されていた。
このことから、霜は冷気が溜まる地表付近で発生するため、芽が1.5m以上の高さに位置する(人が立った目線の位置)この仕立て方法であれば、芽の位置がそれより低いV.S.P.と比較して春先に霜の被害から新芽を守ることができるというわけだ。
そして、なんといってもこの仕立て方法に適した品種というのは特定のフレンチ・ハイブリッドや北米ハイブリッドのうち新梢が下向きに、またはやや上向きに伸びるもので耐寒性を有するものに限られる。北海道も東西南北に広く気候も日本海側と内陸部や道東では大きく異なるが、より似通った地域と適した品種の組合せを条件として絞り込むと(世界から見つけ出そうとすると)、その数はそう多くはない。
いずれも2024年以降に試験販売から始めて少しづつ普及が可能となるが、ここでご紹介できる2品種について解説をさせていただく。
苗木養生中につき、販売供給の開始時期は未定となっております(2024年3月現在)。
Marechal Foch(マレシャル・ホッシュ)
数あるフレンチ・ハイブリッドの中では、最も寒さに強く早熟でワインの品質も優れている。交配種・交雑種の中では最も優れた赤ワイン用ブドウのひとつ。ただし、果実が未熟だったり、醸造工程ではスキンコンタクトの期間を長くとり過ぎると、草木っぽい(herbaceous aroma)※アロマのワインになるので注意が必要。2022年の暮れにカナダ西部のオカナガン湖周辺にブドウ畑が広がるワイナリーで醸造されたMarechal Fochワインを味わったのだが、お世辞抜きに美味しかった。たとえて言うなら、カリフォルニア州のジンファンデルとメルローをブレンドしたかような、しっかりとした骨格のあるフルボディに近いミディアムボディーワイン。3%ほどシャンボーソン(Chambourcin)がブレンドされていたが隠し味になっているのかもしれない。
※ヤマブドウ系のワインにみられる収斂味、枝をかじったような青っぽさを感じる。
栽培地の気候やその年の天気、醸造家の腕前によると思うのだけれど、少なくとも現在北海道で生産されているアコロン、レゲントやロンドなどのドイツ系交配種・交雑種のワインと同等か、場合によってはワンランク上のクオリティであることは間違いない。フランス・アルザス地方のワイン研究所においてEugene Kuhlman氏が作出した品種(Mgt 101-14 × ゴールドリースリング)で、現在もフランスではEntav-INRAに登録されているフレンチハイブリッドの一つだが、フランス国内では2018年現在わずか8.5haのみと栽培面積は減少の一途を辿っているようだ。スイスの一部でも家族経営のワイナリーにて栽培・醸造されている。作出年は、1911年(明治44年)とずいぶんと過去にさかのぼるが、アメリカにおいてもその栽培が開始されたのは第二次世界大戦が幕を閉じた翌年の1946年以降という記録からも分かる通り、誕生から35年もの歳月が過ぎている。これは私の推測であるが、1914年に始まる第一次世界大戦、1930年の世界大恐慌、第二次世界大戦へと世界が突き進んでいた混迷極める状況下においては、たとえ優れた品種が産み出されたとしても、それらが海を渡って新天地に舞い降り落ち着いて評価されることなど到底不可能な社会情勢であったことは想像に難くない。そもそも育種を継続させること自体が困難であったはずだ。
北米大陸では、アメリカ合衆国の寒さ厳しい中西部・北東部やカナダのブリティッシュコロンビア州(カナダ西部)ケベック地方(カナダ東部)で赤ワイン用のブドウとして栽培されてきた(2000年代に入って減少傾向)品種で、バーガンディ(ブルゴーニュ)スタイルの赤ワインが作られている。優良品種でありがながら、今日に至るまで日本での栽培事例を見ないのが不思議なくらいだ。Seibel13053と同等の耐寒性があり、ワインはそれよりもタニックで色も濃いルビーレッド色(ガーネット寄り)をしている。恐らく長期の樽熟成にも耐えられるだけのポテンシャルを秘めているようにも感じるが、ロゼやボージョレ―タイプの超早飲みワインに仕上げても面白いかもしれない。
ピノ・ノワール、メルロー、シラー、カベルネ・ソーヴィニョンやガメイなどの栽培に挑まれることはチャレンジングで素晴らしいことだと思うけれども、まずはクラシックなMarechal Fochでしっかりした骨格と色味のCold Climateならではの赤ワインを作ってみてはいかがだろうか?なぜなら、この品種はマイナス25℃ほどまでなら耐寒性もあり、要求有効積算温度も比較的低めの1050℃(下限値)で、酸性土壌にも耐性があると言われているから、きっと良く育つと思うのである。日本は、かつて世界のワイン産地と比較して、冬の寒さが厳しく夏は多雨多湿で酸性土壌であるがゆえに、V.vinifera※がもっとも育ちにくい、すなわちワインブドウを栽培する場所として、世界で最も適さないところ、と見なされてきた経緯がある。だからこそ、この3要素に立ち向かうことのできる特質をもっているとすれば、推奨しない理由はないだろう。ただし、酸性土壌に耐性があるかについては、当所でも実証栽培をして確認をしたい。
ちなみに、Mgt 101-14は道内でも主要な台木品種の一つであるが、湿り気のある火山培土(黒ぼく土)との相性が大変よく、台木単体での生育状況はテレキ5BB、5Cやリパリアよりも旺盛であった。このことから、当所が試験栽培していた畑地の大して酸度補正をしていないpH5の酸性土壌でも根を良く張り、地上部も繁茂していたことから101-14が交配親となっているMarechal Fochは、酸性土壌での生育パフォーマンスに期待が持てると推測したのである。
※ヨーロッパ特有の石灰岩土壌(アルカリ土壌)でなくても、日本でV.viniferaが育つのはpHが酸性寄りの土壌にも適正がある台木のおかげである。
P.S.V.のMarechal Foch他、穂木採り用の母樹について
2021年、苗木業者向けに穂木やポット苗を提供する米国種苗管理施設(One of National Clean Plant Network facilities in the U.S.)にて、病害虫の栽培地検査実施。主要ウィルス病は、PCRやELISA等の検査後、輸入条件として定められた病害虫検査項目に合格し植物検疫証明書取得。さらに1年間の隔離栽培を経て(農林水産省、横浜植物防疫所・札幌支所)、2023年1月に国内検疫合格。2023年4月より増殖用親苗木の養成を開始。現在、当所ではグリーンハウス(温室)内のみでの生産体制であることから、供給量は当面のあいだ限られた数量となることをご了承願いたい。
Osceola Muscat(オシオラ・マスカット)またはMuscat de Swenson
アメリカ中西部・ウィスコンシン州生まれの育種家エルマー・スウエンソン氏(故人)作出の白ワイン用ブドウ。要求有効生産温度(下限値)は、1000℃で耐寒性もマイナス35℃までOKとされる(USDAハーディネス4)ので道内では全く問題なく越冬できる。すなわち、涼しい夏と短い生育期間、寒い冬の季節が特徴的なエリア向けの貴重な品種である。
ワインはバランスの取れたマスカット香、アプリコット、砂糖漬けのフルーツ、桃のような感じと表現される。(未試飲)ドライですっきりとした味わいは、食事とも合い手頃な価格帯のテーブルワインとして飲まれることを期待する。
Marechal Foch同様、春の芽吹きが早いので遅霜に注意が必要なことと、果実が過熟の場合は、マスカット香が失われるため醸造時はMLFを避けた方が良いとされる。
その他、耐寒性・耐病性の品種を試験栽培評価中。
赤:Coming Later (Not Soon)
白:Coming Later (Not Soon)
白:Coming Later (Not Soon)
これらは、育種機関との栽培権利契約に基づき現在は品種名を公表できないため、販売供給の目途が付き次第(栽培試験と販売許可申請まで数年を要すものも含む)、順次公開予定。