ブドウ畑の生物多様性

 今年は栽培試験を継続しながら、畑で見られる野草や昆虫類を観察している。あえて雑草、病害虫などと表現しなかったのが、ミソである。そしてまた、試験場と将来的に原木園を兼ねる圃場では、対象品種における適切な防除回数を見極める試験にも取り組み始めた。本圃の気候風土と病害に罹患する度合いの分かれ目を知る、いわばブドウの樹が将来に渡って主要な病害に侵されることなく、果実を実らせ健全な苗木を生産するための損益分岐点はどこなのかという探りである。

7月19日に、7月2回目の防除すなわち農薬の散布(殺菌剤・殺虫剤)を済ませてきた。5月末・6月中下旬・7月上旬・7月中旬の累計4回目である。(黒糖病と褐斑病対策としては、5月末を6月上旬にずらして殺菌剤を撒くべきでもあった。)ちなみに、昨年は萌芽・展葉初期に1回、マンゼブ系の殺菌剤とカスミカメ対策に登録農薬を散布したのみで甚大な被害もなく、健全に育った区画もある。しかしながら、今年は昨年の干ばつと打って変わって6月の降雨が多く、カビ由来の病害が多く発生すると見込んで防除は入念に行っている。

 数年前、苗木の植え付け直前に、ロータリー掛けしてもらった以外は、ほぼ不耕起草生栽培ということになるのだけれど、そのお陰で植生に多様性が出てきた。いわるゆ耕地雑草といわれる、ギシギシなんかも生えているんだけれど、イネ科雑草なども含めて刈り払い機で定期的に短く刈り込んでいると、結構色んな草が生えてくることに気づく。タネを蒔いた白クローバー、エン麦、チモシー以外に、元々自生または帰化していたであろうキク科の草本、タンポポ、ナズナ(ペンペン草)、ヒメジョオンや一見イラクサと勘違いしてしまうナギナタコウジュが共生している。これらは、元々畑として耕されていた場所で主に見られる。

一方で、生食用ブドウが育てられた後、しばらく放棄地となっていた場所には、白クローバー主体に、時折赤クローバー、ドクダミ、カモガヤ、ジョンソングラス(セイバンモロコシ)、メマツヨイグサ、スコルゾネロイデス・オータムナリス(西洋タンポポのようでもある)、子供の頃、貧乏草呼ばわれされていたヒメジョオンが生えている。ウドもポツンと生えていて、そのうち葉を天ぷらにして食べてみようかと、たくらんでいる。どうやら、土に湿り気のあるところ、そうでないところをそれぞれが自分に合った居場所として見つけ、懸命に生き延びようとしているかのように思えた。

この場所は数年前まで、オオアワダチソウが優勢で、耕地の全面を背丈ほどの高さで覆っており荒れ地そのものだった。どうしたものかと思案していたら、オオアワダチソウの駆除方法を、(株)ドーコンさんのWebサイト上で発見したので、それを参考に草丈10cm以下に毎年刈込みを行ってきた。結果、それらは姿を消しつつあり、上述のような多様な草が生えだしたのである。世の中便利になったもので、スマホのアプリで植物認識や昆虫判別するものを見つけ、面白がって写真を撮ってはAI(人工知能)に教えてもらっている。たまにおかしな結果を表示するから、完全ではなさそうだが。例えば、去年切り倒した広葉樹。判定1回目は、クルミ(ブラック・ウォルナット)と認識したが、もう一回違う角度から葉などをスキャンしたら、ウルシかよ!かぶれるところやないか、アホ!と、一人むなしく、畑のど真ん中で、額の汗をぬぐいながらツッコミを入れたりしている。

昆虫類も、益虫なのか害虫なのかある程度は、判別してくれる。これまた便利で、6月はジョウカイボンという肉食性の虫と、草食の毛虫・アオムシが主に見られたが、7月に入ってくるとナナホシテントウムシが現れる。コメツキムシ、アワフキムシ、、マメコガネ、甲羅がこげ茶色で横に縞が入っているセマダラコガネ、小ぶりなカメムシやカミキリムシ、バッタなどが出現し、葉を食べたり樹液を吸うなどの加害昆虫も増えてくる。ムシヒキアブと認識されたアブも飛び回りだした。昨日は、脱皮したセミの抜け殻がブドウの葉裏にぴたっとくっついていて、驚いた。もっとも、それら虫達は、自身が加害昆虫であるという認識など無いだろうし、生きるために食べたり汁を吸っているだけのことであり、害虫益虫という解釈は、人間中心に見た場合の視点に過ぎない。

しかしながら自称種苗家としては、ウィルスを媒介する吸汁害虫として、カメムシ、ダニやアブラムシはどうしても駆除または遠ざけておかねばならない。北海道でカメムシが大量発生するのは、天敵とされる大型のカマキリが本州のように生息できない理由からだろうか。一方で、他の昆虫を食べる肉食系ムシ(ジョウカイボン、ナナホシテントウ、アブ、ハチ類)もいるわけで、鳥類も含めてブドウの葉や枝を食害する虫を食べてくれることで、過度な防除をしなくてもある程度は害虫による加害を食い止めてくれるのではなかろうか。

だとすれば、多様な昆虫が生息するためには好みのエサとなる多種多様な葉っぱがなくてはならない。たとえば、グラウンドカバーに芝など単一のイネ科だけを植えてしまうと、見た目はキレイかもしれないが、イネ科を好んで食べる虫しか来ない。シバツトガや青虫くらいしか思いつかないけれど・・・。広葉雑草が混じることで多様な虫が集まり(ブドウの葉だけが、草食昆虫のターゲットになることを抑制する)、それを捕食する虫もやってきて何かが異常繁殖することなくバランスが取れる。逆に、草が全く生えていなければ、栽培作物がムシの標的になることは明らかでもあるし、大雨や風で表土が流亡する事態を招く。

 というわけで、殺虫剤と殺菌剤は使用するのだけれど、今のところ除草剤の散布や過度な全面耕起はしないことにしている。また、カメムシやカミキリムシ、ダニ等に照準をしぼり、背負い式噴霧器でスポット散布に限り防除を行うことで、他の有益昆虫を出来る限り生息させてあげたい。スピードスプレイヤーなどで大量散布してしまえば、ありとあらゆる昆虫を殺傷し、土壌中の有用微生物群までも失ってしまうだろう。糸状菌の一種である菌根菌(カビ)は、リン酸をはじめとする養分を根が吸収するために大事な役割を果たすと言われており、私はこの生物学的メカニズムに関心を寄せている。

農薬散布
背負い式噴霧器での農薬散布。葉だけでなく樹幹の地際付近までかけることで、テッポウムシやカイガラムシの食害から守る。カイガラムシはリーフロールウィルスの媒介昆虫。苗木生産圃場としては、ご遠慮願いたい来訪者だ。
根は枯らさない除草剤を撒くことも検討したが、今のところ株元は手除草で頑張る。

ワイン用のブドウ品種に関して、ここ10年~20年のワイナリー建設ラッシュと産地の気候特性に十分応じることのできる優良品種が日本には流通しておらず、言い過ぎだとは思うけれど、ほぼ皆無に等しいと言って良い。というのは、現在苗木業者から入手できる品種が、そのポテンシャルを100%に近い状態で発揮できるエリアというのは、国内(北海道内)でも地域が限られているからだ。耐寒性や糖度不足に悩むブドウ生産者(ヴィニュロン)も、少なくないと感じている。酒質の向上・耐寒性・耐病性を目的とした品種改良は、一部の国内品種開発研究機関や育種家を除きドイツや北米から何十年も遅れをとっている。これは、ワイン醸造や歴史的文化の違い、今までそれに心血を注ぐ必要性が無かったことに起因していることも承知している。
いくら有効積算温度がフランスのボルドーやシャンパーニュ、はたまたアルザス地方と同等(リージョン1や2※)だからと言ったところで、西岸海洋性気候や地中海性気候のそれらEU諸国の地域と比べて、日本は基本的にモンスーン気候である。温暖湿潤~冷涼湿潤気候帯に属し、湿度が高く夏季の雨量は多く冬寒い。マイルドなヨーロッパに比べて季節のメリハリが強いのだ。南北に長い日本において、地域ごとに気候や積算温度の違いなど栽培環境が極端というか大きく異なるので、品種選びや育種もそれに応じなくては、本当に適した品種というものに出会うことができない。仕立て方も、新梢が上に伸びるのか下へ垂れ下がる特性があるかに応じて、仕立て方を変える必要がある。特に北海道の場合には積雪の量によって越冬させるスタイルが、地域ごとに今後は多様化してゆくと思われる。雪の下に樹幹を伏せるスタイルと、耐寒性品種が今後普及することにより、枝を寝かせる必要がなくなり垂直に樹幹を保ったまま冬を越せるようになるだろう。場合によっては、雪の重みで枝折れを防ぐための工夫も必要だが。

 今後は、化学農薬を上手に使いながらどこまで、Regenerative(再生可能)、Low Intervention(出来る限り、介入を避ける)をキーワードとした農法が実現可能なのだろうか。耐寒性・耐病性品種の導入普及はもちろんだが、時代の潮流で、菌に耐性のある遺伝子をもつ品種を掛け合わせたり、雨で裂果しない果皮などの品種改良が急務だ。天敵農薬、微生物農薬、非グリホサート系の除草剤開発も今後の必然的なトレンドになっていくと思われる。

※カリフォルニア大学ディヴィス校博士のウィンクラ―&アメリン両氏が、カリフォルニア州において、どこにどんなブドウ品種を植えたら良いかという基準策定を目的に作られたものであり、積算温度による区分については参考にはなるが、対称的に多雨多湿で冬が寒い日本の気候下において、それをそのまま適用することは、安易であると考える。耐寒性を示すハーディネスゾーンの概念も含まれていないので、この指標のみを信じて植えてみた結果、冬を越せずに枯死するケースが多く、殺菌剤の散布を怠ればカビ系の病気にいとも簡単にやられてしまう。

海外品種を植えるにしても、現在はシャルドネやピノノワールといった主要品種ですら、これらの栽培上必要な情報が不足しており、耐寒性や病害虫の罹患指数などが国内ではまともに示されていない。例えば、ドイツのドルンフェルダーという赤ワイン品種がある。耐寒性を示すUSDAハーディネスは、6以上。最近は温暖化で少しづつ変化していると思われるが、例えば、札幌市は6bなので、ギリギリ越冬できることになる。(数値が小さいほど、冬が寒いということになり、品種にタグ付けされた数値が低いほど、耐寒性が強く、その数値が示すエリアでの越冬が可能ということになる)。耐病性については、ベト病、うどんこ病を非常に発症しやすいが、ボトリティス菌が原因の灰色カビ病には、ある程度控えめな罹患率となる、などといった具合だ。

余市や仁木町は、現在ハーディネスゾーンは、6または7くらいに位置しているかもしれない。雪の下に樹を埋もれさせることができる地域では、ゾーンの数値が上昇するばずなので、より有利となる。白ワイン用のリースリングなども、越冬可能なのはゾーン6のエリアで、有効積算温度は、1400℃が理想とされている。