2月下旬の降雪を最後に3月は雪解けが一気に加速(昨年の記録コメントです)
2023年は、温室での母樹養成を本格的に開始しつつ、平行して露地でおこなっていた栽培試験の経過観察などをメインに取り組んでおりました。諸般の事情により露地での苗木作りは一旦棚上げすることになったので、当面はビニールハウス内での育苗に方向転換したシーズンの始まりとなりました。
さて、耐寒性や耐病性に優れたハイブリッド(交雑)品種と一口に申しましても、実に多種多様でその数は膨大です。一度それらを体系的(特徴や年代別)にまとめておく必要があると考え、以下多きく3つに分けて解説を試みてみようと思います。
1.PIWI(ドイツ語でPilzwiderstandsfähige Rebsorten の略語)
意味は「ブドウのうどんこ病およびべと病に対して特に強い耐性を持つ」というカテゴリーで最近よく耳にするようになりましたが、特に1960年代からドイツの国営育種研究所等で交配・交雑されたものをここでは定義したいと思います。
例)ドイツワイン協会が指定する品種は、Cabernet Blanc, Solaris, Souvignier Gris, Muskaris, Regent, Cabernet Cortis, Sauvignacなど。Solarisは、耐寒性はさほど強くないものの低積算温度(900℃~1,000℃)でも熟すと言われ、2019年頃から注目していました。オランダ、北欧の海沿いなどの高緯度で涼しい地域で栽培事例があることが分かりましたが、Vitis ヴィ二フェラの遺伝子比率が高く、ハイブリッドと言えどもフィロキセラ耐性が乏しいため、台木品種に接ぎ木して栽培する必要があるようです。
マイナス10℃以下で越冬できるか否か(耐寒性・耐凍性)を検証したデータをまだ見つけられていないので、何とも言えませんが防寒対策をしない限り積雪の少ない極寒冷地での栽培は、ちょっと難しいかもしれません。
ワインの品質:Solarisから造られたワインを数年前に試飲した時の感想は、柑橘系のような酸がキリリと引き締まったソーヴィニョン・ブランに近い印象。オランダで元アスリートの方が有機栽培で育てたブドウから造られたワインでしたが、日本国内で輸入ワインとして流通しています。
2.フレンチ(・アメリカン)ハイブリッド
作出された年代を大きく2つに分けて、
前期:1870~1920年代
代表的な育種家は、Albert Seibel氏、Seyve一族、Francois Baco氏、Eugene Kuhlmann氏など。Seibel 氏のセイベル13053(別名Cascade)が日本では超有名ですが、Seibel氏とSeyve氏(別人)が似た名前なので、非常にややこしく感じていてしばらくのあいだ私は二人が同一人物なのか親戚なのか、詳しい資料に出会うまでまったく分かりませんでした。
後期(1920~1950年代)
この年代になりますと、いわゆるクオリティ・ハイブリッドと呼ばれる質の高い品種が産み出されてきます。Seyve Bertileの長男がSeyval BlancやVillard Blanc そして次男のJoannes Seyve が Chambourcinを作出。Chambourcinは、Regentの親品種ですが、Seyval兄弟のものも含め、以後ヴィ二フェラ種と酒質が極めて近いまたは同等品質のハイブリット種が産み出される土台として交配親に採用されるなど、近年の育種に大きく貢献することになりました。Pierre Landot氏やJean Francois Ravat氏、そしてJean-Louis Vidal氏などいずれもフランス人育種家の面々が貴重な交雑品種を後世へ残しています。カナダのアイスワイン※がVidal Blanc種から造られていますが、この品種を産み出したのがJean-Louis Vidal氏です。
※ケヴェック州などカナダの寒冷な地方でブドウが凍結するまで枝にぶら下げておいて糖分を凝縮させ、そのブドウから造る極甘ワイン。
このVidal Blanc、どこの地域を基準にして耐寒性があると言うのかにもよりますが、少なくともマイナス20℃を下回るような厳寒な地域へは推奨できません。Vidalの耐寒性指数はZone 6(USDA winter Hardiness is zone 6)です。それ以下の(数字が小さい)エリアでは、雪や土、ワラを被せるなどの防寒被覆対策が必要とされています。ちなみに札幌は、10年ほど前はZone 5b 前後でしたが今はもう少し温暖な方向に振れていると思われます。しかしながら、要求有効積算温度も1300℃以上と高めで晩熟ですから、北海道の道東や本州の標高が高い地域で広範に栽培が可能か?というとちょっとまだ難しいと思います。
これらのフレンチ・アメリカンハイブリッドは、19世紀後半に北米からヨーロッパに持ち込まれた害虫フィロキセラに対処するために作出されたものでしたが、掛け合わされたリパリアなど北米に自生する野生種の寒さに強い遺伝子が受け継がれたことから、病害虫への耐性だけでなく耐寒性をもある程度兼ね備えていたのです。
しかしながら、当時のハイブリッド品種から造られた安価で粗悪なワインが大量に市場へ出回り出すと、ブランド価値の低下を招くなどの危機感が生まれ、第二次世界大戦後のフランスでは、一部の品種を除きハイブリットの栽培が禁止される事態となってしまいました。ある説には、接ぎ木を商売とする苗木屋が、台木に穂木品種を接ぐ必要がない品種など普及されては、接ぎ木の商売が成り立たなくなるから廃止に追い込んだなんていう話もあったらしいですが、それは単なるウワサ話の類かもしれませんね。
このように、悲しくもヨーロッパで市民権を得ることができなかったフレンチ・アメリカンハイブリッドですが、やがて自らの居場所を見つけることに成功します。それは遠く大西洋の彼方、雨が多く蒸し暑い夏、冬は劇的な寒さが大地を覆うアメリカ東部や中西部でした。
3.北米ハイブリッド(アメリカ・カナダ)
私が特に高い関心と期待を寄せているのが、1940年代以降に北米で個人育種家や大学研究機関の研究者らによって育種された、通称北米ハイブリッドと呼ばれているもの。関連する史実を紐解くと、その歴史は結構古く1800年代~1900年初頭に作出されたものを初期、戦後(第二次世界大戦)から1970年後半を中期、そして1980年代~現在にいたるまでを後期(最新)と3つの年代に分けることができます。(品質面での向上など進化の過程が理解しやすい)
初期:
新潟県にある岩の原葡萄園創設者の川上善兵衛氏が作出したマスカット・ベイリーAの交配親となったベイリー(Bailey)は、名著 Foundations of American Grape Cultureを執筆したアメリカの代表的な育種家(研究者であり実業家でもあった)のひとり、T. V. Munson(トーマス・ヴォルニー・マンソン)氏によって、1886年にV. Lincecumii × Labrusca × Vinifera のハイブリッドとして育種されたものです。T.V.マンソン氏はのちの個人育種家にそのノウハウ(交配メソッド)含め大きな影響を与えることとなり、亡くなった後もその偉業が後世に伝えられています(Grape Man of Texas :邦訳するとしたらテキサスの葡萄紳士?)。
今日でも当時の著作物(1909年発行)は、デジタルアーカイブ化され入手閲覧が可能なので、興味がある方はお読みになってはいかがでしょう。活字がちょいと小さいですが、書籍版はamazonなどでも購入することができます。実はこのT. V. Munson氏は1895年、当時の帝国大学 農学部 横浜支所へ彼自身が交配した品種穂木を大量に出荷するなど、日本とも非常に関わりの深い人物だったようです。また善兵衛氏は彼から直接ブドウ苗を買い付けていた顧客のひとりでしたが、種苗家 “ 川上 善兵衛 ” としても彼を特別に尊敬していたことから、敬意を表して1902年にはマンソン氏が育種したプラム(すもも)の名前にKawakamiと名付けたという逸話も残されています。
(参考図書: Grape Man of Texas 及び Foundations of American Grape Culture)
中期以降については、別の機会に紹介したいと思いますが、これら3つの時代に分類される交雑種に共通するのは、いずれもGM作物やゲノム編集などの遺伝子組み換え技術で作られたものではないということです。交配親に何を選ぶかは、育種家の審美眼がものを言いましょうし、雌しべに他品種の花粉を人の手で授粉させて新たな品種を産み出す(実生)方法は、結果がでるまで10年以上かかりますから(品種登録となると、20年近く要することも)、辛抱強さと経済力(資金調達など財源の確保)もないと継続できません。
残念ながら、栽培上の問題やワインの質が良くないなどの理由で、時代を経て淘汰されてしまったものも数多くあります。しかし、酒質の良いもの・環境保全型農業に適した品種は、昨今の気候変動に対する危機感や環境意識の高まりを受け、世界的にも一目置かれた存在。一部の生産者やコアなファンからは一定の支持を集めており、今後は日本でも爆発的な人気を博すものも出てくるかもしれません。