初夏の目覚め

ブドウ葉のいっぴつ現象
溢泌現象(いっぴつげんしょう)

 朝5時半、ハウス内の圃場を見回っていると溢泌現象(写真)に出会った。根から吸い上げられた水が正常に蒸散していれば、早朝に見られる初夏の風物詩だ。挿し木した苗木床に、今日は午前中の手潅水(散水)を、いつもの時間帯(8時過ぎ)にできないので、早朝にやって来た。周りは工業団地だから、むしろ朝の早い時間帯の方が静かで空気もひんやりしていて清々しく、じっくりと落ち着いて観察するにはもってこいである。

 昨シーズンは、土壌表面が乾いているからといって潅水頻度と潅水量がともに多すぎたみたいで、新梢の節間が徒長してしまった。今年は、焼けない程度に水やりをしぼり、節間の短い引き締まった穂木を採取したいと考えている。水を極限まで与えないスパルタ栽培方式となるため、この溢泌現象がとても重要なバロメーターになってくるのだ。水が足りていればこうして葉の先端から水の玉がしたたり落ちてくる。植物の管理には、足をまめに運んで観察し手入れを怠らず日々向き合うことが大切だ。ただし自分の世話できる範囲を超えないで。規模や量は追わずに品質を極める。

出芽の季節~ Budbreak season has arrived.

buds of grape
a: Primary bud, b: Secondary bud, and c: Tertiary bud.

 生育が旺盛な樹は、主芽(Primary bud)だけでなく副芽(Secondary bud)さらに第三の芽(Tertiary)まで芽吹いてしまう。主芽が遅霜などの被害に遭った場合のバックアップ用で、実用に値する(ある程度の果実生産力)のは2番芽まで(品種による)。

 当所で普及していゆくハイブリッド種は、リパリアの遺伝子が入っている関係で、日本固有の山ぶどうよりは遅いけれど、欧州種よりは芽吹きが早いから遅霜の遭遇リスクがある。しかしながら、プランB(2番芽の副芽)があれば、まったく収穫できないというクリティカル(致命的)な状況は回避できるのである。

 遅霜のリスクが無くなれば、主芽に栄養を集中させるため副芽が出だ段階で摘み取る必要のある品種もある。(副梢になるまで待つべきだろうか?)

 たとえ第一案がダメでも第二案、そして第三案まで備え、何としてでも生き抜こうとするしたたかさ、その生命力は凄まじい。

穂木煮込み

 5月10日、昨日は苗木家としての役割に丸一日没頭した。厳寒期に剪定した枝を、基準の長さに切り揃え冷暗所に保管していた。その穂木たちをお湯に漬ける作業である。接ぎ木・挿し木工程の前処理として、殺菌剤にドブ漬けしてお仕舞い!としていた時期もあったが、現在私のところでは一定の殺虫・殺菌効果が認められている温湯消毒を採用している。お湯の設定温度と浸漬時間の関係で、フィロキセラ(ブドウ根アブラムシ)や根頭癌腫病などを防除できる他、私の評価では、カビ系にも効果がある。べと病やうどんこ病耐性のある品種を主に育成しているが、黒とう病だけはなんらかの手立てが必要。ただその黒とう病※も雨季にり患しない限り、前季からのキャリーオーバー(ここでは病原体が持ち越される意)は極めて少なく、葉や茎に病害は検出されていない。

※黒とう病は、展葉期にしかるべき薬剤で防除を行えば病害のコントロールは比較的容易な部類に入る。ブドウ畑が湿度の高い条件にある場合、黒とう病のり患リスクは高いので、症状が出る前に、しっかりと防除を行えば栽培期間中は割りと安泰である。

 当園は、基本的にハウス内で特設の植栽マスに清潔な培土を入れて母樹を育てているため、露地栽培と異なりフィロキセラや根頭癌腫病に侵されることはほぼない。ではなぜゆえに、わざわざお湯に漬けこむかというと、殺菌剤の節約になるからである。お湯による洗浄と菌糸などを死滅させることができれば、以降で使用する殺菌・殺虫剤の散布回数にも余裕ができる。

冷水で粗熱をとる

 温湯消毒、すべての病害虫リスクを取り去るわけではないので、消毒というより減菌と表現した方がよろしいが、お湯から上げた穂木は冷水でしめてから吸水処理工程へと進む。当然ながら、使用する各容器は前もって消毒済である。ハウス内で剪定収集した穂木は、すべて処理が完了し、育苗シーズンが今年も始まる。

開花と芽吹きの季節

会社の入り口のシンボルツリー?ボケの樹

 「ボケ」というのは、和の雰囲気を醸し出しているんだけど、オリエンタルなパンチ力というか、コントラスト強目の赤色花が鮮烈な印象を与える花木である。盆栽にも用いられるようだが、私のところでは地植えにしている。以前も書いたような気がするけれど、花言葉は、「先駆者」「早熟」以外に「平凡」という意味もあるようだ。丈夫で多くの家庭の垣根に使われてきたことによるという説。GoogleのAIがそのように教えてくれた。枝から鋭いトゲが突き出しており、ある意味バラ線や鉄条網といった機能性もありそうだ。

 確かに丈夫だ。大して栄養もなさそうな砂利交じりの固い土壌でもよく育つ。一応、日当たりと風通しは良い。風通しが良いどころか、かなりの強風が吹きぬける場所なのだけれども、固い枝はよくしなるので、折れる心配もない。中枝が混んできたので、開花前にバッサリと剪定をしたから幾分見栄えがよくなった。

 たとえ平凡な人生でも、健康な日々を過ごすことができればそれ以上の幸せはない。世の中のいかなる仕事も、細切れに刻んでいけば、ひとつひとつは地味で小さいステップの積み上げによって出来上がっている。毎日その小さな仕事を始める以上、帰る前には片付けや掃除がある。下準備と整理・整頓・清掃はワンセット。

 穂木を採るための母樹として育てているハウスの中のブドウ樹たちは、繊維質な表皮、真綿ような繭を破ったかと思うと、濃緑色の葉を勢いよく広げていた。