Marechal Foch (Kuhlmann 188-2)

Marechal Foch
Marechal Foch

 数あるフレンチ・ハイブリッドの中では、最も寒さに強く早熟でワインの品質も優れている。交配種・交雑種の中では最も優れた赤ワイン用ブドウのひとつ。ただし、果実が未熟だったり、醸造工程ではスキンコンタクトの期間を長くとり過ぎると、草木っぽい(herbaceous aroma)※アロマのワインになるので注意が必要。タンニンはソフトで、ベースワインとして仕込むと良い。
 2022年の暮れにカナダ西部のオカナガン湖周辺にブドウ畑が広がるワイナリーで醸造されたMarechal Fochワインを味わったのだが、現地で最もFochを美味しく造る醸造所として知られているらしく、herbaceous aromaは一切感じない美味しさであり、ブラックチェリー、ベリーのアロマを感じた。むしろ、カリフォルニア州のジンファンデルとメルローをブレンドしたかのような、しっかりとした骨格のあるフルボディに近いミディアムボディーワイン。ビーフステーキなどにドンピシャな濃さ。3%ほどシャンボーソン(Chambourcin)がブレンドされていたが隠し味になっているのかもしれない。

※果実が未熟な場合、ヤマブドウ系のワインにみられる収斂味、枝をかじったような青っぽさ。

 栽培地の気候やその年の天気、醸造方法によると思うのだけれど、少なくとも現在北海道で生産されているアコロン、レゲントやロンドなどのドイツ系交配種・交雑種のワインと同等か、場合によってはワンランク上のクオリティであることは間違いない。フランス・アルザス地方のワイン研究所においてEugene Kuhlman氏が作出した品種(Mgt 101-14 × ゴールドリースリング)で、現在もフランスではEntav-INRAに登録されているフレンチハイブリッドの一つだが、フランス国内では2018年現在わずか8.5haのみと栽培面積は減少の一途を辿っているようだ。スイスの一部でも家族経営のワイナリーにて栽培・醸造されている。作出年は、1911年(明治44年)とずいぶんと昔にさかのぼるが、アメリカにおいてもその栽培が開始されたのは第二次世界大戦が幕を閉じた翌年の1946年以降という記録からも分かる通り、誕生から35年もの歳月が過ぎている。これは私の推測であるが、1914年に始まる第一次世界大戦、1930年の世界大恐慌、第二次世界大戦へと世界が突き進んでいた混迷極める状況下においては、たとえ優れた品種が産み出されたとしても、それらが海を渡って新天地に舞い降り落ち着いて評価されることなど到底不可能な社会情勢であったことは想像に難くない。そもそも育種を継続させること自体が困難であったはずだ。

 北米大陸では、アメリカ合衆国の寒さ厳しい中西部・北東部やカナダのブリティッシュコロンビア州(カナダ西部)ケベック地方(カナダ東部)で赤ワイン用のブドウとして栽培されてきた(2000年代に入って減少傾向)品種で、バーガンディ(ブルゴーニュ)スタイルの赤ワインが作られている。優良品種でありがながら、今日に至るまで日本での栽培事例を見ないのが不思議なくらいだ。Seibel13053と同等かそれ以上の耐寒性があり、比較的低い積算温度でブドウが熟す。ワインはそれよりもタニックで色も濃いルビーレッド色(ガーネット寄り)をしている。恐らく長期の樽熟成にも耐えられるだけのポテンシャルを秘めているようにも感じるが、ロゼやボージョレ―タイプの超早飲みワインに仕上げても面白いかもしれない。

 ピノ・ノワール、メルロー、シラー、カベルネ・ソーヴィニョンやガメイなどの栽培に挑まれることはチャレンジングで素晴らしいことだと思うけれども、まずはクラシックなMarechal Fochでしっかりした骨格と色味のCold Climateならではの赤ワインを作ってみてはいかがだろうか?なぜなら、この品種はマイナス25℃ほどまでなら耐寒性もあり、要求有効積算温度も比較的低めの1050℃(下限値)以上で、酸性土壌にも耐性があると言われている。日本は、かつて世界のワイン産地と比較して、冬の寒さが厳しく夏は多雨多湿で酸性土壌であるがゆえに、V.vinifera※がもっとも育ちにくい、すなわちワインブドウを栽培する場所として、世界で最も適さないところ、と見なされてきた経緯がある。だからこそ、この3要素に立ち向かうことのできる特質をもっているとすれば、推奨しない理由はないだろう。ただし、酸性土壌に耐性があるかについては、当所でも実証栽培をして確認をしたい。

 ちなみに、Mgt 101-14は道内でも主要な台木品種の一つであるが、湿り気のある火山培土(黒ぼく土)との相性が大変よく、台木単体での生育状況はテレキ5BB、5Cやリパリアよりも旺盛であった。このことから、当所が試験栽培していた畑地の大して酸度補正をしていないpH5の酸性土壌でも根を良く張り、地上部も繁茂していたことから101-14が交配親となっているMarechal Fochは、酸性土壌での生育パフォーマンスに期待が持てると推測したのである。

※ヨーロッパ特有の石灰岩土壌(アルカリ土壌)でなくても、日本でV.viniferaが育つのはpHが酸性寄りの土壌にも適正がある台木のおかげである。